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福岡高等裁判所 昭和47年(う)137号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人を禁錮三月に処する。

この裁判確定の日から一年間右刑の執行を猶予する。

原審並びに当審における訴訟費用はその二分の一を被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人山口親男および同桜木富義提出の各控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。これに対する当裁判所の判断は、つぎのとおりである。

控訴趣意第一点事実誤認の主張について。

所論は、要するに、本件事故は、被害者の前方注視義務違反ないしは無謀運転の一方的過失に起因する追突事故であり、被告人にはなんらの過失もない。すなわち被告人は、貨物自動車(以下被告人車という)を運転して原判示交差点を右折するに際し、同交差点の手前約一九メートルの地点(司法巡査作成の昭和四五年六月一六日付実況見分調書添付の現場見取図甲①点)で右折の方向指示をし、右①点から同図②点まで4.1メートルを時速約四〇キロメートルで、同②点から同図③点まで9.1メートルを時速約三〇キロメートルで、同③点から同図④点まで5.8メートルを時速約一五キロメートルでそれぞれ進行し、右③点で右折を開始したところ、右④点で自車後方に自動車の急ブレーキ音を聞いたのであるから、被告人車は右①点から④点までの一九メートルを約三秒で進行したことになる。一方事故現場に残された被害者運転の自動二輪車(以下被害車という)のスリップ痕が約二四メートルであるところからして、同車の速度は時速六〇キロメートルを下らず、被告人車が右①点から④点まで進行する三秒の間に、被害車は少くとも五〇メートルは進行したことになるので、被告人が右①点で右折の方向指示をしたとき、被害車はその後方約三一メートルの地点にさしかかり、同地点において被告人車の方向指示器のランプの光に気付く筈である。したがつて、被害者としては、警笛を鳴らして被告人に合図するか、あるいは、被告人車の左側を進行するか、あるいは、減速して被告人車の右折を待つなどして事故の発生を未然に防止すべきであつたのに、これを怠り無謀な追越しをして被告人車に衡突したものである。しかるに、原判決は、被害者の過失を無視し、被告人は、本件交差点の手前三〇メートルの地点で右折の合図をし、右折地点においてさらに室内ミラー等をも使用して後続車両の有無を確認した後、右折を開始すべき業務上の注意義務があつたのにこれを怠り、交差点の手前一九メートルの地点で右折の合図をした際、前部右側のバツクミラーで後方を確認しただけで、右折地点で後続車両の有無を十分確認することなく右折を開始した過失がある旨認定したのは、事実を誤認したもので、その誤りは判決に影響を及ぼすことは明らかである、というのである。

そこで、原審記録を調査し、これに当審における事実調の結果を併せて考察するに、原判決挙示の証拠によれば、つぎの事実が認められる。

(一)  本件交差点は、南北(橋本方面から姪浜方面)に通ずる歩車道の区別がなく、道路中央に白線の引かれた巾員七メートルのアスフアルト舗装の市道と西側(福重方面)に通ずる巾員3.2メートルの砂利道と東側に通ずる巾員2.7メートルの農道とが交差する交通整理の行なわれていない交差点で、右市道の東側一帯と同市道の西側のうち同交差点からみて右砂利道の北側の部分は、いずれも田圃となつていて、前後左右の見通しは良好であり、本件事故当時路面は乾燥し車両および歩行者の通行は少ない状況であつた。

(二)  被告人は、砂約3.5トンを積載した被告人車を運転して、右市道を姪浜方面から橋本方面に向け時速約四〇キロメートルで進行中、車体からブラケツトの部品が落ちたので、本件交差点で方向転換してこれを拾いに行こうと思い、同交差点を右砂利道に向け右折するに際し、同交差点の手前約一九メートルの前記図面①点で右折の合図をし、前部右側のバツクミラーで後方を見たが、後続車が見えなかつたので、道路中央線寄りながら①点から4.1メートル進行した同図②点で時速三〇キロメートルに減速し、さらに9.1メートル進行した同図③点で時速約一五キロメートルに減速してハンドルを右に切り右折を開始し、5.8メートル進行した同図④点で、右後方に自動車の急ブレーキの音を聞き、同図⑤点で右後方を見たところ、自車の右側車体に自動二輪車が衡突していたので、あわててブレーキをふんで同図⑥点に停車した。

(三)  右市道の中央線より左側の巾員は3.2メートルで、被告人車の巾は二メートルであるから、被告人車が減速して中央線寄りに寄つても、後続車が被告人車の右折意図を知ることは必ずしも容易でなく、また被告人車の左側には1.2メートルの余裕しかないので、被害車のハンドルの巾を考えると、同車が被告人車の左側を通り抜けることは困難である。なお、本件事故現場には、前記図面①点の手前6.6メートルの中央線付近から右斜め前方に向け約二五メートルのスリツプ痕が残されていた。

(四)  被告人車の車体後部の方向指示器は、地上から0.68メートルの位置についているが、その後方一五センチメートル、地上から0.75メートルの位置に、長さ約六〇センチメートル、巾約一〇センチメートルの鉄製の荷台防護枠が取付けてあるため、防護枠の陰になつて右方向指示器が見え難く、後続車の運転手の目の高さにより差はあるが(高い程見え難い)、地上から1.5メートルの高さでは、被告人車後部から一一メートル以上離れないと見えず、ことに本件当時被告人車の右方向指示器のガラスに土がついていたためよく反射しない状態にあつた。

(五)  なお、当審鑑定人池田浩理作成の鑑定書によれば、本件事故現場に残された被害車のスリツプ瘍(スキツドマーク)が二輪制動によるものか、一輪制動によるものかは軽々に断定できないが、被害者がブレーキをかける前の最低速度は、約四八キロメートル(一輪制動)ないし約六五キロメートル(二輪制動)の間にあつたと思料され、また制動をかけてから衡突するまでの時間は約4.4秒ないし4.5(一輪制動)または、約3.4秒ないし3.5秒(二輪制動)であり、さらに、被害者が危険を知つた地点は、スキツドマークの開始点より約10.6メートルないし12.0メートル(一輪制動)、または、約14.5メートルないし16.3メートル(二輪制動)であつたことが一応認められる。

ところで、交差点で右折しようとする車両の運転者は、その時の道路および交通の状態その他の具体的状況に応じた適切な右折準備態勢に入つた後は、特段の事情のない限り、後方を同一方向に進行する車両があつても、その運転者において交通法規を守り追突等の事故を回避するよう正しい運転をするであろうことを期待して運転すれば足り、それ以上に違法な運転をする者のありうることまでも予想して周到な後方安全確認をなすべき注意義務はないが(昭和四五年九月二四日最高裁第一小法廷判決)、右折車が適切な右折準備態勢をとらなかつた場合は、その後方を同一方向に進行する車両の運転者としては、先行車が右折する意図のあることを察知することができず、先行車の右折に対応した適切な措置をとることは困難であるから、右折車の運転者は、かような事態にも応じ得る程度に万全な後方の安全確認の手段を尽くすべき義務がある。

しかるに、本件の場合、被告人車は後部車体の方向指示器の後方に前記のように鉄製防護枠が取付けられていたため、右折の合図が後続車両の運転者に見え難い状態にあつたのであるから、被告人としてはその点をとくに考慮し、交通法規の定めるとおり交差点の少なくとも三〇メートル手前の地点で右折の合図をし、後続車に右折態勢に入ることを早目に知らせ、かつ、後続車両の有無と交通の安全を十分確認した後右折を開始し、事故の発生を防止すべき注意義務があつたのに、対向車もなかつたことに気を許し、交差点の一九メートル手前の地点で右折の合図をし、前部右側のバツクミラーで後方を確認しただけで後続車はないものと軽信し、その後一度も後方の安全を確認せず、後続車に対し適切な対応措置をとる余裕を与えることもないまま右に転把し、時速約四〇キロメートルから順次減速して時速約一五キロメートルで右折を開始したのであるから、被害者の過失の点はさておき、本件事故につき被告人の過失責任は免れないというべきである。

所論は、被告人が前記図面①点で右折の合図をしたとき、被害者は同点の後方約三一メートルの地点にいたのであるから、うつすら土埃がついていたぐらいでは被告人車の方向指示器、少なくとも点滅するそのランプの光が見えた筈であるというけれども、被告人の捜査機関に対する供述のほか原審証人野田博之の供述によれば、前叙のとおり被告人車の方向指示器は防護枠の陰にかくれて同車の後方一一メートル以内では見えず、それ以上離れても昼間は方向指示器のガラスに土がついていてその合図が見え難い状態にあつたことが認められるし、また、前記鑑定書によれば、被害車が危険を知つよ地点はスキツドマークの開始点より約10.6メートルないし12.0メートル手前、または、約14.5メートルないし16.3メートル手前の地点(前記図面①点からは約17.2メートルないし18.6メートル手前、または、約21.1メートルないし22.9メートル手前、被告人車の車体後部からは約13メートルないし14.4メートル手前、または、約16.9メートルないし18.7メートル手前になる)という近接したところであつたということになるから、右地点で、かりに所論のように被告人車の方向指示器のランプの光が見えたとしても、被害車の当時の速度(時速約四八キロメートルないし六五キロメートル)からして、道巾に余裕のある被告人車の右側に進出するより外に同車との追突等の危険を回避する手段はなかつたと考えられる。所論は採用できない。

もつとも本件事故当時被害車が被告人車の後方のどこ付近を進行していたかは証拠上明らかでないので、原判決が被告人車の真後を追従する車両があつても発見できない状態であつた旨認定したのは早計であり、また、被告人に右折点においてさらに室内ミラー等をも使用して後方の安全を確認すべき義務のないことは所論のとおりであるが、右程度の誤りは、未だ判決に影響を及ぼす程のものということはできない。

以上のとおりで、記録を精査しても、原判決には所論のような事実誤認の瑕疵はないから、論旨はいずれも理由がない。

控訴趣意第二点量刑不当の主張について。

そこで原審記録を調査し、これに当審における事実取調の結果を併せて考察するに、本件は、被告人が方向指示器の見え難い構造の貨物自動車(ダンプカー)を運転して、交通整理の行なわれていない本件交差点を右折するに際し、右折の合図が遅れたうえ後方の安全を十分確認しないで右折を開始した過失により、折から後方から被告人車の右側に進出してきた被害車に自車右側車体部を衝突転倒させ、同人を頭部打撲等の傷害により死亡させたという事案であつて、運転者としての基本的な注意義務を怠り、安易な運転態度でダンプカーを扱つたことが右のような重大な結果を引起したものであり、現在まで被害者の遺族に対し何らの慰藉も講じていないことを総合すると、被告人の刑責を軽視することはできず、原判決が被告人を禁錮六月に処し、三年間右刑の執行を猶予したものも一応肯認きる。

しかしながら、他方において、被害者は、本件当時高校生で自動二輪の運転免許を取つて二月しかたつておらず、運転技術も未熟であつたのであるから、自動二輪車運転にあたつては、前方を十分注意し、もう少し減速して進行しておれば、被告人車が右折しようとしていることにもつと早く気付き、追突等の事故を回避できた筈であるのに、前方を十分注視せず、時速約四八キロメートルないし六五キロメートルで進行し、被告人車の右側を追い越そうとした点落度があり、被害車の速度等を明らかにするための鑑定に三年六月の年月を要していること等を考慮すると、現時点においては、原判決の科刑はいささか重きに失すると認められる。それ故、論旨は理由があるに帰する。

そこで、刑事訴訟法三九七条二項、三八一条に則り原判決を破棄し、同法四〇〇条但書により自判する。

原判決の確定した罪となるべき事実(ただし、原判決一枚目裏一一ないし一三行目「前記バツクミラーでは被告人車の真後を追従する車両があつても発見できない状態であり」と同二枚目表五行目「室内ミラー等をも使用して」とある部分を削除する。なお証拠の標目に「鑑定人池田浩理作成の鑑定書」を加える。)に法令を適用すると、被告人の判示所為は、刑法二一一条前段、同法六条および一〇条により昭和四七年法律第六一号による改正前の罰金等臨時措置法三条一項一号に該当するので所定刑中禁錮刑を選択し、その刑期範囲内で被告人を禁錮三月に処し、刑法二五条一項によりこの裁判確定の日から一年間右刑の執行を猶予し、原審ならびに当審における訴訟費用は、刑事訴訟法一八一条一項本文を適用してその二分の一を被告人に負担させることとし、主文のとおり判決する。

(淵上壽 德松巖 松本光雄)

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